大阪高等裁判所 平成7年(ネ)1897号 判決 1997年11月28日
主文
一 第一審被告の本件控訴(平成七年(ネ)第一八九七号事件)に基づき、原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。
二 第一審原告の請求を棄却する。
三 第一審原告の本件控訴(平成七年(ネ)第一九七六号事件)を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の申立て
(平成七年(ネ)第一九七六号事件)
一 控訴の趣旨(第一審原告)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 第一審被告は、第一審原告に対し、五八五二万五二一〇円及び内金五三二〇万五二一〇円に対する平成二年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審において、請求を減縮。)。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は第一審原告の負担とする。
(平成七年(ネ)第一八九七号事件)
一 控訴の趣旨(第一審被告)
1 原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁(第一審原告)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は第一審被告の負担とする。
第二 事案の概要等
本件事案の概要、当事者間に争いがない事実及び争点は、次に付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要等」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二丁表六行目の「興味を持ち、」の次に「株式投資を」を加え、同三丁表七行目の「昭和昭和六三年」を「昭和六三年」と改め、同六丁表六行目の「とくに、」の次及び同一四行目の「滞在していた」の次にいずれも「昭和六三年」を各加える。
2 当審における第一審原告の補足主張(過当取引に関して)
(一) 過当取引は、<1>取引の過当性、<2>口座支配性、<3>顧客の被害に対する故意の要件の該当により認められるが、本件取引はそのすべてを具備している。
(二) 過当取引の認定要素について
過当取引の認定要素である回転率の点から本件取引をみても、里野が関与していた取引にあっては一一・一六回、通算でも九・一回と、違法性を明確に認定できる年六回を越えている。
(三) 口座支配性の認定要素について
本件取引は、初めの「三菱重工」株の購入以外は全てが里野の投資勧誘によるものであり、信用取引の委託保証金の振替等を伴う複雑な判断を初心者ができるはずもないことから、里野の助言によるか里野に一任していたもので、依存度が高い。
(四) 悪意性の認定要素について
取引の過当性が明確で、口座支配の程度が強固であれば、当然悪意が推定されるものである。
本件取引において、証券取引の初心者である第一審原告になぜ過当取引の勧誘をする必要があったのか、まったく合理性が見いだせない。むしろ、そこには証券マンである里野が頻繁に銘柄を変えて勧誘を繰り返していては、第一審原告が銘柄の研究もできずじまいで応じてしまうことになるのを知りつつ、投資勧誘したのであるから、第一審被告の勧誘行為は詐欺的行為に当たるといえる。
3 当審における第一審被告の新たな予備的主張
仮に、里野の勧誘行為に何らかの違法性が存在するとしても、第一審原告の損失は、保有する株式価格の値下がりによる損失であるところ、第一審原告としてはいつでも保有する株式を証券取引所を通じて売却しようと思えばできたのであるから、値下がりしているにもかかわらず将来の上昇に期待して売却することなく保有し続けた結果、なお下落したことによって生じた損失は、いわば相場の見通しの誤りであって第一審原告の自己責任に帰属するものであり、里野の勧誘行為との間に相当因果関係はない。
第三 証拠《略》
第四 当裁判所の判断
当裁判所は、第一審原告の第一審被告に対する請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおりである。
一 本件取引の経緯
本件取引の経緯については、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」一の説示(原判決七丁表一四行目から同一〇丁裏九行目まで)と同一であるから、同説示を引用する(ただし、原判決八丁裏八行目の「収拾」を「収集」と訂正し、同九丁表八行目の「八八項」の次の「)」を削除する。)。
なお、当審証人甲野花子の証言及び同人作成の陳述書も、右引用にかかる原判決の説示を左右するに足りるものではない。
二 本件取引の状況
原判決に添付された取引一覧表、回転売買一覧表(ただし、同表の末尾欄外の註記を「なお、信用欄の信は信用取引を、空欄のままであるのは現物取引を示している。」と訂正する。)及び入出金表によって本件取引の状況を概観すると、次の各事実が認められる。
1 本件取引は、昭和六三年五月二五日から平成三年三月七日までの二年九か月余間、売り・買い(現物・信用取引)合わせて一一〇回余、買付総額は一〇億円余に達している。そして、本件取引は、特に昭和六三年五月二五日から平成元年五月一二日までの約一年間に集中し、この間、売り・買い(現物・信用取引)合わせて九〇回余、買付総額は八億九〇〇〇万円余に達している。
2 第一審原告は、本件取引の投資資金として、本件取引の当初の昭和六三年五月に一六〇〇万円余、同年六月に一九二〇万円余、同年七月に一〇〇〇万円、同年八月に一五八〇万円余を支払ったものの、その後は、平成二年八月に七五万円余を支払ったのを別にすれば、新たな投資資金を全く支払っていない。
高額の買付総額に達する本件取引は、第一審原告の支払った投資資金によって買い入れた株式を順次売却し、その売却代金を新たな株式の購入資金に充てることによって運用されたほか、昭和六三年八月から開始した信用取引によって運用されていた。
3 当初における本件取引は、「大和ハウス」、「三井物産」、「三井造船」等の各株の売買で数十万円ないし百数十万円の損失が出てはいたが、「三菱製鋼」株の売買を頻繁に繰り返して一〇〇〇万円余の利益が出たため、信用取引を始めた昭和六三年八月一八日の時点では、損益勘定で七〇〇万円余の利益が出ていた。
ところが、昭和六三年八月一八日、同月二五日及び同月二七日の三回に分けて購入した「三菱製鋼」株の株価の値下がりで六八〇万円余の損失が生じ、更に、同年九月七日に購入した「三菱石油」株の株価の値下がりで六〇〇万円余の損失が出たことが大きく響いて、昭和六三年一〇月末の損益勘定は約一〇〇〇万円の損失に転じることになった。
そして、その後の本件取引は、「日本石油」、「東北電力」、「住友金属」等の各株の売買で多少の利益が出たものの、昭和六三年一一月七日、同月八日、同月一〇日及び同月一六日の四回に分けて購入した「川崎製鉄」株の株価の値下がりで六九四万円余の損失が生じ、同年一二月二日に購入した「ニチアス」株の株価の値下がりで一二七三万円余の損失が生じ(ただし、同年一一月二八日に購入した分については、四三六万円の利益が出ている。)、同年一二月八日に購入した「日立精機」株の株価の値下がりで二七六万円余の損失が生じ、平成元年四月二五日に購入した「大同特殊鋼」株の株価の値下がりで一七六八万円余の損失が生じ、平成二年四月現在では、第一審原告は、「大京」株二〇〇〇株を保有するだけとなり、それ以外の投資資金及び信用取引で取得した株式の全てを失うに至った(ただし、第一審原告は、本件取引の間、第一審被告から七回に分けて総額六八五万円余の現金を受領している。)。
三 違法な回転売買及び過当取引の主張に対する判断
1 一般に、株式投資(株式の現物取引、信用取引、投資信託取引等)のような相場取引への投資は、投資者自身が、取引銘柄の選定や取引数量等の決定を自己の判断と責任において行うべきものであり、それによって生じた損失は、本来、投資者自身に帰属すべきものである(自己責任の原則)。
ところが、株式の価格は、当該会社の業績や将来性といった個別的な要因のみならず、政治的、経済的、社会的な様々な一般的要因及びこれらが相互に関連して複雑に変動するものであり、その投資判断には高度の知識、情報収集・分析能力等を必要とする。一方、証券会社は、株式などの証券の相場取引の専門家として必要な知識、経験、情報収集・分析能力を有する存在として、大蔵大臣の免許のもとに、証券取引業務を行っている者である。そのため、一般の株式投資者は、専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に依存して株式投資を行うのが通例であり、取引銘柄の選定のみならず、取引頻度や取引数量の決定に当たって、証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に大きな影響を受けることになりやすく、他方、証券会社は、その収益は主として証券取引の手数料に依存し、一般の投資者を相場取引に誘致することによってその収益すなわち取引手数料を得るのであるが、その取引頻度や取引数量が多ければ多いほど証券会社の収益が大きくなる関係にあるのが実情であるところから、顧客を過当な取引に誘う危険が内在していることを否定することができない。
したがって、証券会社が、顧客の取引口座について支配を及ぼし、顧客の信頼を濫用して、手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために、顧客の資産、経験、知識や当該口座の性格に照らして社会的相当性を逸脱した過当な頻度・数量の取引勧誘を行うことは、顧客に対する誠実義務に違反する詐欺的・背任的行為として違法と評価されるというべきである。
2 ところで、前認定の事実によれば、本件において、第一審原告は、自発的に株式取引をしようと決めて、本件取引を開始するに至ったものであるが、それまで株式取引の経験はなかったため、従兄弟の掛水から紹介を受けた里野が第一審被告枚方支店の営業課長で、遠い姻戚関係にあったこともあって、少なくとも自己に対して悪いことをすることはないと信頼していたことから、本件取引のうち里野が関与していた平成元年四月末までの取引においては、取引銘柄の選定や取引数量の決定、売り・買いの回数や乗換えの回数等の投資判断に際して、里野の勧誘ないし助言・指導に依存する度合いが比較的強かったことが窺われる。また、本件取引は、その当初から一〇〇〇万円を越える額の取引が頻繁に行われ、「三菱製鋼」株の売買にみられるように、いわゆる乗換えによる売買も頻繁に繰り返された結果、年間取引額が投資資金額の一〇倍以上にも達しており、本件取引によって第一審被告の取得した手数料の合計額も一三八四万円余の高額に及んでいることも、前認定の事実から明らかである。
しかしながら、前認定の事実及び《証拠略》によれば、第一審原告は、里野の勧誘ないし助言・指導にそのまま従っていたわけではなく、最初の「三菱重工」株の取引を自己の意思で行ったほか、その後の個々の取引に関して、取引の銘柄、数量、単価、現物取引・信用取引の別、手数料等を具体的に把握し、その時々の持株の状況も把握したうえで、里野の助言・指導に疑問を呈し、苦情を述べ、即答を留保したりしたほか、自己の判断に基づき、自ら第一審被告枚方支店に電話をかけて、「三菱製鋼」株及び「三井物産」転換社債の購入を申し出たり(昭和六三年七月一九日)、「川崎製鉄」株の売却を申し出たり(昭和六三年一二月二四日)していること、また、第一審原告は、里野の後を引き継いだ和知に対しては、和知から「もとをとるなら信用取引をしないといけない。」とまでいわれながら、信用取引をすることを断り、「大同特殊鋼」株の売却の申し出をし、信用取引により取得している株式の決済を積極的に申し入れるなど、里野が関与した取引よりも一層主体的に投資判断をしていること、更に、第一審原告は、本件取引を始めるにあたって、自己の判断で投資額を決定し、また投資額を増額するに際しては、納得してその増額に応じていたものであるうえ、昭和六三年八月までに投資額を順次増額して総額六〇〇〇万円を投資して以降は、投資の増額を一切控えていること、したがって、本件取引の状況は、損失が生じて投資総額が目減りして以降は、目減りした投資額の範囲内で株式の売り・買いが行われ、信用取引にあっても、これによる損失の額がその時々の投資総額の範囲内に収まる規模でなされていることが認められる。加えて、本件取引において第一審原告に生じた損害の状況をみると、結果的には、乗換えによる売買も含めて取引が頻繁に繰り返された「三菱製鋼」株の売買(回数において本件取引全体の約五分の一を占める。)ではむしろ利益が出ており、本件取引における損失の主たる原因は、頻繁な取引にあったというよりは、「川崎製鉄」、「ニチアス」、「日立精機」、「大同特殊鋼」等の数銘柄の株式売買の失敗が大きな損失を生み出したことにあると分析することができる。そして、本件全証拠を検討するも、本件取引において、里野が、第一審原告に損害を被らせることを予測しながら、あるいは予測し得たにもかかわらず、第一審被告の手数料収入をあげる目的で第一審原告に対して敢えて過当な頻度・数量の取引勧誘を行ったというような事実は認められず、かえって、《証拠略》によれば、里野は、第一審原告に利益をあげて貰えることを意図して行動していたものであることが窺われる。
3 以上の事情を総合勘案するならば、本件取引は、株式取引の経験のない第一審原告にとって、里野の勧誘によってした取引部分の頻度・数量及び里野、和知の勧誘によってした本件取引全体を通じての買付総額において過当なものであるとの感が全くないわけではない(なお、和知の勧誘による取引の頻度・数量自体は、過当なものと認めるに足りない。)が、本件取引の全体を通じての第一審被告ないしその従業員である里野、和知の取引勧誘の行為が、顧客たる第一審原告の信頼に乗じて、第一審被告の手数料稼ぎ等の自己の利益を図ることを目的とした誠実義務に違反する詐欺的・背任的な取引勧誘に当たるものとまで認めることはできず、本件取引を違法な回転売買及び過当取引に該当するものということはできない。
四 推奨販売の違法性の主張に対する判断
原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」四の説示(原判決一三丁表一一行目から同一四丁表四行目まで)と同一であるから、同説示を引用する。
五 信用取引の説明不足についての主張に対する判断
原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」五の説示(原判決一四丁表六行目から同丁裏八行目まで)と同一であるから、同説示を引用する。
六 無断売買・事後承諾の押し付けについての主張に対する判断
原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」七の説示(原判決一四丁裏一〇行目から同一六丁表末行まで)と同一である(ただし、原判決一六丁表一二行目の「報告書が」を「報告書の」と訂正する。)から、同説示を引用する。
七 一任売買についての主張に対する判断
原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」八の説示(原判決一六丁裏二行目から同一七丁表一二行目まで)と同一であるから、同説示を引用する。
八 断定的判断の提供についての主張に対する判断
原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」九の説示(原判決一七丁表一四行目から同一八丁表七行目まで)と同一であるから、同説示を引用する。
よって、その余の点について判断するまでもなく、第一審原告の請求は理由がないから、第一審被告の控訴(平成七年(ネ)第一八九七号事件)に基づき、原判決中第一審被告敗訴部分を取り消し、第一審原告の請求を棄却し、第一審原告の控訴(平成七年(ネ)第一九七六号事件)は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官 杉本正樹)